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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)7162号 判決 1965年7月29日

原告 光信用金庫

被告 一元青果株式会社

主文

被告は原告に対し金一、四八四万円及びこれに対する昭和三七年九月一八日から完済に至るまで年六分の金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、原告において金二百万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は、請求棄却の判決を求めた。

原告訴訟代理人は、請求原因事実を次のとおり述べた。

一、原告は、被告から訴外宮下代作から金員を借受けるについて、その支払方法として被告が同訴外人宛に振出す約束手形に支払保証をなすことの依頼を受け、昭和三四年四月一四日別紙手形目録<省略>記載の(一)ないし(八)の手形に、同年九月二日同目録(九)の手形に、同年九月八日同目録(三)の手形にそれぞれ保証をした。

二、原告は被告から同人が訴外残野博之宛に振出す約束手形についての前同様の依頼を受け、同年一〇月三一日同目録(二)の手形の保証をした。

三、被告は、同年一二月に事実上前記各手形金の支払をなし得ない財産状態となつたので、同訴外人等の請求により原告は同年一二月五日宮下代作に対し前記目録(一)ないし(三)の各手形金を支払い、また昭和三五年一月六日浅野博之に対し同目録(二)の手形金を支払つて、右各手形を取得し、その所持人となつた。

四、よつて、原告は被告に対し上記手形金合計金一、四八四万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和三七年九月一八日以降完済に至るまで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告訴訟代理人は答弁及び抗弁として次のとおり述べた。

(一)、被告が原告主張の約束手形一一通を振出し、原告にその支払保証を依頼した事実は否認する。その余の事実はすべて知らない。

被告は原告金庫の会員になつたことがないのはもちろん、かつて取引をしたこともない。原告主張の各手形の支払場所はいずれも原告金庫本店とされているが、金融機関である原告が上記のようになんらの取引関係のない被告が振出し、その支払場所が原告金庫本店とされているような手形について、支払保証をするがごときことはとうていあり得ない。また、原告は昭和三四年一二月五日に手形金を支払つたと主張するが、同日までに満期の到来していたものは目録(一)と(九)の二通に過ぎず、その他はいずれも期限未到来のものである。被告は右手形について訴外宮下代作から請求を受けたこともなく、また原告からも本訴提起に至るまではなんらの請求を受けていない。

(二)  かりに、被告が本件各約束手形を振出したとしても、被告は訴外宮下代作又は同浅野博之に対して振出したものではなく、当時被告会社の代表取締役であつた訴外志村良策に対し受取人白地で振出したものである。しかして右各手形は、志村良策が被告会社の取締役会の承認を得ずに振出したものであるから、商法第二六五条の規定に違反し、右手形の振出行為はいずれも無効である。

(三)  本件各手形が適法に振出されたものであるとしても、原告のなした手形保証は無効である。

原告は、信用金庫法によつて設立された信用金庫であるから、原告のなし得る業務の範囲は、同法第五三条に定められた事項に限定され、それ以外の業務はなし得ないものである。同法第五三条によれば、信用金庫のなし得る業務の範囲は、(1) 預金又は定期預金の受入(2) 資金の貸付(会員以外の者に対する貸付についてはその預金又は定期積金を担保とする場合に限る)(3) 会員のためにする手形の割引(4) 会員のためにする有価証券の払込金の受入又はその元利金若くは配当金の支払の取扱(5) 会員のためにする有価証券、貴金属その他の物品の保護預り(6) 国民金融公庫その他大蔵大臣の指定する者の業務の代理(7) 及び右に附随する業務である。従つて、信用金庫が会員以外の者に対してなし得る業務は預金又は定期預金の受入、預金又は定期預金を担保としての貸付並びにこれに附随する業務に限定され、それ以外はなし得ないのである。さらに、大蔵省の信用金庫基本通

達第一三、資金運用の別紙5、資金運用基準によれば、信用金庫が債務の保証をなし得るのは、金融機関の業務の代理に附随して行う場合及び当該信用金庫に対する預金又は支払準備金となる有価証券(国債、公社債地方債、金融債担保付社債、日本銀行出資証券)を担保として徴求した場合に限定されている。なお代理業務に附随して行う場合の債務の保証は、預金者のために、その預金の範囲内において行う小切手の支払保証以外にはなし得ないのである(昭和二六、一一、二八、蔵銀、六四八一号、昭和二七、九、二九、蔵銀四七八五号)。

被告は前述のように、原告との間になんらの取引関係もなく、従つて原告に対し預金又は定期積金もしていない。このような被告のために、その振出した手形に保証することは、前記原告の業務の範囲を逸脱した行為であるから無効である。

(四)  本件各手形は、被告会社の代表取締役であつた志村良策が被告会社の利益のために振出したものではなく、志村個人又は同人の経営する関連会社の利益のために、被告会社名義で振出し、且つ原告に保証を依頼したものである。

志村良策は、被告会社の他に、志村化工株式会社(以下志村化工という)外数社を経営し、その代表取締役を兼務していた。同人は被告会社の代表取締役に就任する以前から、個人若くは志村化工その他の会社名義で原告その他から多額の融資を受けており、その債務の支払のために、志村化工名義の約束手形を振出しこれを債権者に交付していたが、既に右債務は支払不能の状態であつた。しかるところ、志村は被告会社はじめ前記志村化工等の関連会社を経営するにつき、代表取締役の権限を濫用し個人と会社、若しくは前記各会社間の債権債務関係を明確に区別せず、恣意な経営を行つていたのである。そのような結果志村は、志村化工が原告から融資を受けた債務について被告会社が連帯保証する旨の契約をなしたものであり、右契約も志村が被告会社の代表取締役の権限を濫用し、原告の専務理事である訴外若林広吉と通謀してなしたものである。

志村化工は、本件手形の受取人である宮下代作、浅野博之からも融資を受け、その債務支払のため同会社名義の約束手形を振出し交付しており、期日到来の都度その書替をなしてきた。ところが昭和三三年一〇月二七日志村が同会社の代表取締役を辞任したため、その後は同会社名義の書替手形を発行することができなくなつた。そこで志村は被告会社の代表取締役の権限を濫用し、被告会社の取締役会の同意を得ることなく、被告会社名義の本件各約束手形を作成し、これを宮下及び浅野に交付しようとしたところ、同人等は支払能力の確実な保証を要求し、手形の書替に応せず、既に期限の到来した志村化工振出の手形を支払場所に呈示することを通告したので、志村は原告の専務理事である若林広吉にその事情を打明けて本件手形に原告の保証を依頼した。

若林広吉は、原告が志村化工に融資を継続していた等の関係から志村良策とは個人的に親密な間柄であり、殊に若林の妾である訴外大石あや子が代表取締役である株式会社東海荘の負債整理の問題について志村に解決して貰つた個人的な恩義もあつたので、原告から志村化工に対する融資についても種々便宜を供与しており、法規又は基本通達若くは原告の業務方法書に違反して、なんら取引関係のない被告会社振出名義の本件手形に保証をなしたものである。

以上の事実によれば、被告会社の代表取締役であつた志村良策は被告会社の利益のために本件手形を振出したものではなく、志村個人若しくは同人の経営する関連会社の利益のために、本件手形を振出し且つ原告に手形保証を依頼したものであり、原告は前記若林広吉と志村との関係から右事実を知り又は知り得べかりしものである。従つて原告のなした手形保証は民法第九三条但書の適用ないし準用により無効であり、仮りに無効でないとしても、志村良策の前記背任的意図を知りながら保証をなし、その支払をした原告が、被告に対し本件手形金の請求をすることは信義則に違反し権利の濫用として許されない。

原告訴訟代理人は、被告の抗弁に対し次のとおり答弁した。

(一)  被告が仮定抗弁として主張する前掲(二)及び(四)の事実はいずれも否認する。

(二)  原告のなした本件手形の保証が信用金庫法第五三条に違反し無効であるとの被告の主張はこれを争う。

(1)  信用金庫法はその第五三条で信用金庫の行う事業を列挙しているが、支払保証についてはなんの規定もなく、また、同条に違反した場合においても内国為替取引に関し大蔵大臣の認可を得ないでした場合についてのみ制裁規定を設けているに過ぎない(同法第九一条一四)。

(2)  信用金庫が同法第五三条列挙の事業を行うについては、当然債務の保証を伴うことは言を俟たない。すなわち信用金庫が会員の依頼によつて小切手の振出(通称預金小切手又は預手)又は為替手形の引受をなす等であつて、これらは明らかに支払保証である。これらの債務保証は目的事業に列挙されていないにしても、当然金融機関としてなし得ることは異論のないところである。

(3)  さらに、信用金庫は、右小切手の振出、為替手形の引受を為し得るばかりでなく一般の債務保証をかし得ることも大蔵省銀行局昭和三四、八、一五、蔵銀第一、一九六号各財務局長宛の「信用金庫の監督についての信用金庫基本通達」「別紙五資金運用基準3の(3) 信用金庫の債務保証」によつて認められているところである。たゞこの場合の債務保証については担保の徴求及び被保証債務者が会員であることが条件となり一定の制限のあることは右通達の示すとおりである。従つて、信用金庫法第五三条列挙の事業中に支払保証ないし債務保証に関する事項が規定されていないから、信用金庫が支払保証ないし債務保証をすることは同条違反であるというのは誤りであつて、信用金庫は当然に支払保証ないし債務保証はなし得るが、これらを各信用金庫の任意に委ねることは相当の危険を伴うことを慮つて、前掲蔵銀通達をもつて、一定の制限を附したものと解すべきである。よつて、原告金庫のなした本件手形の支払保証は被告主張のように右法条に違反するものではなく、ただ蔵銀通達に違反して一定の制限に従わなかつたという通達違反があるに過ぎない。しかして、前記通達は主務官庁が信用金庫を監督するための行政上の基準に過ぎないのであるから、右通達に違反したとしてもその行為を無効とするものでないことは理論上明白である。

(4)  かりに百歩を譲り原告のなした支払保証が信用金庫法第五三条に違反するとしても、その支払保証は無効とはならない。信用金庫は同法第一条に規定するように、「国民大衆のため金融の円滑を図り貯蓄の増強に資するため」のものであつて、その対象は広く国民大衆のための金融の円滑であつて、一部限られた業者又はその他の目的を含む組織体の特殊な金融機関ではない。労働金庫、信用組合、農業協同組合等は金融機関としてよりも、それ自体特別の目的を有し、その目的達成に寄与するために、便宜的に一定の金融活動を法が認めたものであつて、信用金庫のように金融活動を主事業とするものではないから、その事業内容を厳重に制限し、範囲外の逸脱を防止するため、法律をもつて事業範囲を定め、且つこれを厳格に執行させるために、刑罰の制裁を科して履行を強制しているのである。これに反して信用金庫は国民大衆を対象としこれを基盤とする金融機関であるから、本来の使命を達成するためにはその活動範囲をできるだけ制限しないようにする必要がある。若しその事業範囲を厳重に制限するときは、取引する者は金庫の法定事業を調査した上でなければ安んじて取引ができない結果となり、取引の安全と金融機関に対する信頼を失わしめる結果となる。従つて、信用金庫法は信用金庫の行う事業を一応は列挙しているが、その対象が銀行と同様の金融活動にあることから法第五三条列挙の事業行為外の行為のあることを予想し、これが遵守を強制していないのである。そうであるから、たとえ同法条において支払保証が列挙されてなくこれを行うことが形式的には同法条に違反するとしても、その行為自体が無効となるものではない。

(三)  原告が被告会社の依頼によつて本件手形の保証をなした当時、原被告間には当座取引等の取引関係はなかつたが、被告会社は、訴外志村化工株式会社の原告に対する債務金五、二七〇万円の連帯保証をなす等原告の業務に附随しての関係があつたものである。原告は被告会社が東京都市場に店舗を有し極度に限定された免許を有する青果物の仲買業者であり、且つ前述のような連帯保証の関係もあるので、一時金融に窮しても原告の手形保証を得ることによつて発展し得るとの被告会社の説明を信じ前記保証の強化とその結果被告会社の隆昌を期待できるならばと思い被告の依頼に応じ本件手形の保証をなしたのである。

原告が保証人としての責任上昭和三四年一一月五日に支払つた手形中当時満期の到来していたものは目録(一)及び(九)の二通のみであるが、その他の満期未到来の分について支払をなしたのは、被告会社が昭和三四年一一月四日東京銀行協会手形交換所において取引停止処分を受け、同年同月九日右交換所の取引停止報告により加盟銀行に被告会社の取引停止処分が通知されたため、手形所持人である宮下代作から期日が到来しても支払われる可能性がないとの理由で屡々強硬な交渉を受けたことと、原告としては法律上は素より原告の支払保証を信頼して手形を所持している者に対し、取引停止処分を受けた者の振出手形を期日未到来を理由として支払を拒否できないこと、通常の観念として取引停止処分を受けた者が支払場所に現金を持参して期日に支払う事例のないこと、及び被告会社代表者を招致し被告会社の支払の見通しを聴いたところ、到底短期日に支払われる見込のないことを確認したので止むを得ず支払保証の責に任ずべきことの通知をなし且つ協議をなしその同意のもとに支払をなしたものである。

証拠<省略>

理由

各その成立に争のない甲第一八号証、乙第一号証証人志村良策、同宇佐美春雄の各証言によつて各その成立が認められる甲第五号証ないし同第一五号証証人志村良策、同宇佐美春雄、同宮下代作、同浅野博之、同若林広吉、同石川幸喜、同山口房雄、同長瀬五郎の各証言(但し証人石川、同山口、同長瀬の各証言中後記信用しない部分を除く)を総合すると次の諸事実を認めることができる。

被告会社は青果物及びその加工品の購入、販売並びに販売の委託等を目的とする会社であるが、昭和三二年七、八月ごろ経営不振のため倒産に瀕したところ、仝年一二月一日訴外志村良策がその経営立直しのため、代表取締役に就任した。右就任当時被告会社は帳簿に乗せられていない相当多額の債務を負担しており且つ従業員の数その他の経費に比して月々の収益が挙らず、その運転資金繰りは志村良策が殆んど一人で之を行つていた。被告会社は昭和三四年中訴外宮下代作及び同浅野博之から営業資金として金融を受けるにあたり、右訴外人らから金融機関の支払保証のある約束手形を振出すことを要求されたので原告に対し右手形の保証を依頼した。右依頼を受けた原告は当時被告会社とは直接の取引関係はなかつたが、被告会社は、志村良策が代表取締役をしている訴外志村化工株式会社の原告に対する債務について連帯保証をなしている関係があり、且つ被告会社の事業は公共的なものであり、その発展は確実であるとの志村の言を信用し、右被告会社から依頼された保証を承諾した。

そこで、被告会社は別紙手形目録振出日欄記載の日に訴外宮下代作に対し同目録(一)ないし(一〇)記載の約束手形一〇通を、訴外浅野博之に対し同目録(二)記載の約束手形一通を各振出して仝人らからそれぞれ手形金額相当の金融を受け、原告は右各手形について被告会社のために支払保証をした。

ところが、被告会社は昭和三四年一一月九日不渡手形を出して東京手形交換所から取引停止処分を受けるに至つたため、原告は右宮下及び浅野から保証人として上記各手形金を支払うべき旨の強い請求を受けた。もつとも、当時右手形中には満期未到来のものもあつたが、当時における被告会社の状態からみて保証人としての支払義務は免れえない状態であり且つ金融機関として信用問題もあつたので、原告は仝年一二月五日ごろ宮下に対し同目録(一)ないし(一〇)記載の手形金全額を、昭和三五年一月六日ごろ浅野に対し同目録(二)記載の手形金を支払つて仝人らから右各手形の交付を受けその所持人となつた。

証人石川幸喜、同山口房雄、同上松品雄、同長瀬五郎の各証言中右認定に反する部分は前掲各証拠と対比して信用することができず他に以上の認定を左右し得る証拠はない。

被告は上記各手形は被告が受取人を白地のまゝ志村良策に対し振出したものであると主張するが、右事実を肯認するに足りる証拠がないから、右事実を前提とする被告の主張はその余の点について判断するまでもなくその理由がない。

次に、被告は上記原告のなした支払保証は、信用金庫法第五三条所定の業務の範囲を逸脱し、無効であると主張するので判断する。

信用金庫法第五三条は、信用金庫は左の業務及びこれに附随する業務を行うことができる旨規定し一号ないし六号の業務を列挙している。しかして右にいう附随業務とは信用金庫が金融機関としての性格上行うべき固有の業務に対応する観念であつて、必しも同条に列挙する事業のそれぞれに附随することを要せず、その範囲は一般経済社会の通念によつて定められるものと解すべきである。現在一般に金融機関が債務の保証を附随業務としてなしていることは顕著なことであるから、信用金庫も亦これをなし得るものと解するを相当とする。

もつとも仝条が資金の貸付及び手形の割引等の固有の業務として行う信用供与については、会員に限ることを原則とし、会員以外の者に対する資金の貸付についてはその預金又は定期積金を担保とする場合に限りなし得るものと定めている趣旨に鑑みれば会員以外の者に対する債務の保証についても、右と同一制限に服するものと解するのが相当である。原告及び被告の引用する大蔵省銀行局の通達において信用金庫が債務の保証をなし得るのは金融機関の代理に附随して行う場合及び当該信用金庫に対する預金又は支払準備金となる有価証券を担保として徴求した場合に限定する旨(右通達の内容については当事者間に争がない)の行政指導をなしていることも右と同一理由に基くものと解することができる。しかしながら、信用金庫法は信用金庫の行う金融業務の公共性にかんがみ、その監督の適正を期し且つ信用の維持と預金者の保護を目的とする取締規定であるから上記制限に反してなされた債務の保証であつても、これについて当該金庫が行政監督上の措置を受けることのあるはかくべつとして右保証の私法上の効力には何ら影響を及ぼすものではないと解するを相当とする。

そうだとすれば原告のなした本件各手形の保証が会員以外であり且つ直接の取引関係を有しない被告のために、しかも担保を徴求することなくなされたとしても、右保証行為が当然に無効であると解することはできないから、被告の主張は採用しえない。

さらに被告は、本件各手形は、被告会社の代表取締役であつた志村良策が被告会社の利益のために振出したものではなく、その真意は志村個人若くは同人の経営する関連会社の利益のために振出し且つ原告に保証を依頼したものであり、原告は右真意を知り又は知り得べかりしものであるから、原告のなした手形保証は民法第九三条但書の適用ないし準用により無効であり、かりに無効でないとして右事情を知りながら保証をした原告が被告に対し本件手形金を請求することは信義則に反し、権利の濫用として許されないと主張する。

各同一原本の存在及びその成立について争のない乙第一〇号証ないし同第二一号証及び証人若林広吉の証言を綜合すると、被告会社の代表取締役であつた志村良策と原告金庫の専務理事若林広吉はかねて懇意の関係にあり個人的にも相当深い交際のあつた事実はこれを肯認することができる。しかしながら、本件手形は右志村が被告会社の代表取締役の権限を濫用して、志村個人若くは同人の経営する他の会社の利益を図る目的で振出し且つ原告に保証を依頼し、原告も右志村の背任的意図を知り又は知り得たにもかゝわらず本件各手形の保証ないしその支払をしたとの事実を認めるに足りる証拠は存在せず、その他原告の被告に対する本件手形金の請求が信義則に反し且つ権利の濫用であると認むべき事実を肯認し得る証拠もない。従つて、右被告の主張はこれを採用することができない。

以上の事実によれば、原告は本件手形について保証人として義務を履行し本件手形を所持することにより、本件各手形上の権利を取得したものであるから、被告に対し本件手形金一四八四万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが明かな昭和三七年九月一八日から完済まで商法所定年六分の割合により遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容すべきものである。

よつて、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条仮執行宣言について同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山孝)

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